山野善正氏『我々の先祖は肉食していたか』

協会では、医師や専門家による鋭い視点で捉えた、健康と食に関する様々なコラムを掲載しています。今回は、一般社団法人おいしさの科学研究所理事長の山野善正氏に、「我々の先祖は肉食していたか」について語っていただきました。

山野 善正Yoshimasa Yamano

山野善正一般社団法人おいしさの科学研究所 理事長
滋賀県生まれ。京都大学農学部農芸化学科卒業、農学博士。
東洋製缶東洋鋼鈑綜合研究所研究員を経て、香川大学農学部食品学科講師、助教授、教授。評議員、学生部長、農学部長。退職後2005年より現職。この間、アメリカ、オランダ、オーストラリアの大学で研究。専門は食品物理学。フィルム包装食品の加熱殺菌、食品コロイド、エマルション、テクスチャーについて研究。テクスチャーの研究で、食品科学工学会賞受賞。食品企業、化粧品企業等の顧問、種々の公的委員を歴任。また、民間時代レトルトパウチ第1号“崎陽軒のパック入りシュウマイ”の開発を担当。著編書にコロイド、テクスチャー関連専門書の他に、「おいしさの科学(編著)」(朝倉書店)、「おいしさの科学事典(編著)」(朝倉書店)、「おいしさの科学がよーくわかる本」(秀和システム)、「うどん王国さぬきのおいしさ」(おいしさの科学研究所)等がある。


「我々の先祖は肉食していたか」

天武4年(675)に日本で初めて肉食禁止令が出されて以来、度々同様の禁止令が発布された。しかし、殺生や肉食の禁断は一時的なもので、日常的に獣肉食が行われていたといわれている。
たとえば、山崎 健(奈良文化財研究所)は、古代の遺跡から出土した動物遺存体や寄生虫卵から食嗜好を明らかにした(浦上財団研究報告書Vol.20、133、2013)。藤原宮朝堂院を発掘調査したところ87点が出土し、その内80点を検討した。その組成は多い順から不明の哺乳類種を除くとウマ、イヌ、ニホンジカ、ウシ、スッポン、イノシシ、モグラ、板(ばん)鰓(さい)亜綱(あこう)、マダイ、ヘビ亜目であった。その中でもウマ(29点)が突出しており、上位4種が特に多かった。マダイは体長30~35cmで、頭部を細かく割った形跡があり、だしを取っていたと推測されている。天平9年(737)に流行した大規模な疫病治療法として、生魚の喫食を禁じたらしく、このことは日常的に淡水や海水の魚を食べていたことを示している。9世紀には貴族社会の殺生罪業観が浸透したことから、日本人の肉食忌避がいわれるようになったのではないかと考える。

幕末に勝 麟太郎(海舟)がすき焼きを好んで食べたという逸話があり、これはまれなことであったとされていることに、筆者は長い間疑問を抱いていたが、20年くらい前に、食生活の研究で有名な高木和男の著書『食からみた日本史(上)』(芽ばえ社、1986)に、大変面白い記述を発見したので紹介したい。歴史上、大小の国内戦が行われたのは日本史で習ったとおりであるが、戦士たちは身を守るために牛皮を用いた鎧を身に着けた。①それらの戦いに参加した侍、下士の人数を推定し、②前者の鎧には牛4頭、後者の鎧には牛1頭が用いられたとして、殺された牛の頭数を推計した。たとえば、源平戦では合計32万頭、応仁の乱では10万頭の牛を鎧のために殺したというわけである。

源平合戦から家康による天下平定までに、総合計240万頭を鎧に使用したとする。これは平均すれば年間4,800頭に相当する。しかし、この最後の大きな戦いのために、飼育牛は激減したであろうと思われる。

此処からは筆者の推測である。大陸から渡来した複数の人種が定住して日本人を形成したのであって、本来動物性食品を食べていた人種もあったはずである。縄文時代以来狩猟、漁猟は行われ、神話ではあるが、『日本書記』に神武天皇が牛肉を食べていたことが記されている。また、牛乳から作られたチーズ様の食品があったことが記録されているのはよく知られている事実である。これも含めて考えると、戦いのために殺した牛の肉はどこへ行ったのだろうか。当然誰かがそれも相当多くの人たちが食べていたはずである。結論としてわが祖先は、結構肉食をしていたと考えるのであるが、読者の見解はいかがであろうか。

(大塚薬報No.728より転載)

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